戦争より平和の方が忙しい?

 折からの北朝鮮問題で不安さが増す状況下で、UKIPAL36を発行しました。
 まだまだ発行部数の少ない本誌ですので、伝えたいことがあるなら、もっとSNSなどで発信しなくちゃいけないところですが、生来のものぐさな身が一つ。せめて編集後記ぐらいウェブに載せておきます。

「戦争より平和の方がずっと忙しい」という文章に出会いました。(村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』〈下〉講談社)。何気なくページをめくったのですが、だんだん後から気になり始めました。死についての会話でした。
 これを書いているのが4月15日で、国境の様子が不安定さを増している最中です。
 2020年の東京オリンピックに関してあまり賛成的ではなかったのですが、こうなるとぜひ平和状態の中で実現欲しいという気持ちになりました。
 1940(昭和15)年に史上初のアジアで行われる五輪大会として準備され中止となった「幻の東京オリンピック」。その前の1936(昭和11)年は「ヒトラーのオリンピック」のベルリン大会で、東京大会が中止になって世界は戦渦に巻き込まれていく悲惨な歴史がありました。
 2020年を幻にしてはいけません。アメリカ合衆国でトランプ大統領になってからずいぶん世界的な不安定感は加速したようです。「戦争より平和の方が難しい」とも言われてきましたが、平和な日常を保ち続けるためには膨大なエネルギーが必要なのだとあらためて思い知らされます。それは個人と個人との関係でも同じなのでしょう。

 人類の知性が機械の知性と完全に融合し、人間の能力と社会が根底から変容するというシンギュラリティ(技術的特異点)が起こるのが、2045年(早ければ2029年という説も)に予想されています。
 ミサイルとか化学兵器だのと恐怖に満ちた現実はできれば避けたいところですが、できるだけ生き延びてシンギュラリティの世界を見てみたいという気持ちになっています。この前ビデオも見ました。あ、あれは『シン・ゴジラ』。

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。